これから恐らく広まっていくと思われる言葉に「ブラック企業」というのがある。
経営者とは利益を生み出し、それを還元しながら自分達もさらに成長することを目指して企業の舵取りをしていくべきだが、悪い経営者は企業全体よりも特定の個人やグループの利益を優先したり、自己満足に走って労働者や消費者の利益や権利を侵害する。
自由主義経済なので、誰がどんな会社をつくりどんな活動をしようと、法の範囲であれば咎められる事は無い。ダメな企業は労働者からも見放されて淘汰されるはずだ。いざとなったら企業に対抗するための労働三法もある。けれども法の権利を使うための組合の組織率は年々低下しており、労働者は実質的に弱くなっている。
雇用流動化を謳って小泉改革は規制を緩和したが、緩和するだけで監視は強化しなかった。その結果弱くなっていた労働者は一層不利な状況に置かれ、その極端な例が派遣村となって現れた。だが、あそこまで行かなくても労働者にとって許し難い企業が存在している。それが「ブラック企業」だ。
その詳細は2ちゃんねるで検索してもらうとして、待遇の良くない中小企業はどこもブラックだという見方もある。だが、給料や休日といった外見的なことよりも、問題の本質は経営者の腹黒さ、意識の低さにあると思う。
彼らは成果主義を方便に使って人件費を切り下げ、劣悪な労働条件を押し付ける。経営のまずさは放ったらかしにして、問題点はなんでも労働者のせいにする。まともな経営者なら社員のやる気を引き出して上を目指すところ、叩いて絞ろうとする。結局自分や身内さえ良ければ良いという私欲に支配されている。まるで女工哀史の時代のままなのだ。
規制緩和によって思慮の浅い経営者が安きに流れた結果、こういう状況が発生したのではないかという気がする。好況時には見向きもされないそんな劣悪な企業が、不況ゆえに生きながらえるという皮肉な結果になっている。
同調する人にとってはブラックではないわけで、明らかな法律違反がない限り、すぐに当局が関与する問題ではない。もともとは労働組合が取り組むべき問題だろう。
ただ。企業というのは社会の公器でもあるわけで、それが劣悪な経営者に蝕まれるのは日本にとっての損失でもある。労働者の力が弱くなる一方の現在、経営者の倫理として当局が何らかの縛りをかけて介入しても良いのではないだろうか。