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セブンイレブン本社 VS FCオーナー 

カテゴリ:社会

値引き販売を巡る対立は裁判でやっても良いことになったが、今度は訴えに参加したFC店オーナーを契約解除するなど、本社側が報復ともいえる態度に出ている。
これもまた裁判になるのだろうけれど、はたしてこういうやり方をどう見るべきか。

これは事実上、本社を経営側、FC店オーナーを労働側に見た場合の労使対立ともいえる。経営側のやり方に抗議して組合をつくり、訴えを起こした事で経営側が第一ラウンドでは勝利したものの、その報復として言うことを聞かない労働者をクビにしようとしているようなものだ。

そもそも、食べられる食品を廃棄すること、その分のロイヤルティまで本社に収めなくてはならないというやり方が発端なのだが、そのやり方を会社の方針とする経営側に対し、労働側は良心の問題としてこれに異を唱えた、そこからこの問題は始まっている。

会社からすれば経営方針に従わない労働者であり、こういう時のために入れておいた契約書の中の「会社経営に不適当なことをする人は辞めさせます」的な条項を根拠にして辞めさせるのは当然とも考えるだろう。こういう行為を野放しにしていたら、秩序も何もなくなり、経営が成り立たない、そういう思いもあるだろう。

ただ、食品を廃棄し、廃棄コストをすべて店の負担にするという、環境や格差が問題になっている今の時代に逆行するようなやり方がそもそもの原因であることを考えれば、そんな対立で終わらせるべき問題ではない。

たとえば、水俣病がまだ大きな問題になっていない頃のことを考えてみる。
自分の働いている工場の出す排水が住民の健康を害していると気付いた労働者が経営側に抗議したとする。経営側は社内の秩序を乱す人物だとして首にする。そしてその両者が裁判で争うことになったとする。
けれども肝心なのは垂れ流しされている工場排水なのだ。そんな操業を続けていた事で会社は将来にわたって大きな責任を負うことになった。
このように、この件も目先の対立に目を奪われるのではなく、根底にある問題に目を向ける必要がある。

例えば、自給率向上やリサイクルの観点から、食品を廃棄すればするほど本社の経営上マイナスになるような制度をつくり、オーナーが値引き販売をしても会社は損をしないようなしくみをつくるなどの方向に持って行かなくてはならないと思う。

京都市におけるコンビニ深夜営業規制問題にしてもそうだが、コンビニには様々な問題が潜んでいるように見える。そもそも人間の本来の生活パターンを無視した形態で営業する業種なだけに、そういった問題に直面するのは仕方ない。
この件を単なる労使紛争に終わらせず、より大きな問題を解決するきっかけにしていくべきだと思う。
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公務員給与の話 

カテゴリ:社会

 公務員というのはもともと「清貧」な職業と見られていた、と思う。給料は安いが仕事は楽というイメージもあった。

高度成長期、民間企業がどんどん伸びていく頃は確かにそうだっただろう。そして、見劣りする待遇を補うために様々な手当や制度や実質的な収入増加のための手だてがとられた、と思う。
それが福利厚生や民間より優遇された退職金や年金であり、再就職の面倒見の良さだといえる。それによって公務員は、その身分に由来する、民間人にはない不自由さの代償を手にするというわけだ。
けれどもその話が通じたのはバブル崩壊までの話で、それ以降は逆転したといえる。厳しい国際競争に晒された民間企業が福利厚生などを切り捨てたのに、公務員のそれはさほど削減されなかったからだ。

もともと公務員は、地方公務員なら地方公務員法第42条で職員の「元気回復」が行われなくてはならないと定められているため、福利厚生を完全にカットすることはできない。予算を確保し、執行しなくてはならない。けれども民間企業が限りなく労働者に冷淡になる今となっては、それが一般市民からすれば厚遇のように映りもする。

裕福な団体だとそれに回せる予算も多く、さらに待遇を良くできることになるが、国が国家公務員の給与水準を上回らないよう指導していることもあり、実際にはそういうことは無いことになっている。けれども、大阪市の一連の職員厚遇問題のように、かつて裕福だった団体は様々な方法で給与以外に所得を分配するためのしくみを持っている可能性があり、それが今も生き残っているとすれば、市民の理解を越えた厚遇と言わざるを得ないだろう。

公務員の給料は人事院や地方の人事委員会は民間企業の給与水準を調査し、それをもとに公務員の給与を決めている。世間の実態に合わせるためのやり方だ。
けれども、稼いだ分しか収入にできない民間企業と違い、公務員は強制的に徴収した税金から、自分達で自分達の給料の額を決めているわけだ。そこに減額したくないという意志が働かないといえば嘘になるだろう。なので「民間企業の給与水準の調査」自体が自分達の都合の良いように行われているという疑いを持たれても仕方ないのである。

「公務員の給与はなぜ民間より4割高いのか」という本では、トヨタと名古屋市役所の給与水準を比較しているが、高卒男性において完全にトヨタを上回り、大卒男性でもほぼ同じ水準であるという調査結果を示している。この結果が正しければ、民間企業の調査をもとに決められたというこの水準は、一体どんな企業を選んで行ったものなのか、意図的に高いところばかりを選んだのではないかという疑問がわいてくる。
今後トヨタの業績が悪化し続けて給与水準が下がった場合、市職員の給与水準がどう変わるかが注目される。それほど下がらなければ、当然おかしいという声が上がってくるだろう。

そもそも公務員の給料はいくらが適正なのか、というのは難しい問題だ。
仕事の種類や分担の仕方も職位制をとっているため職階制の民間とはしくみが違う。成果主義を取り入れるにしてもなじみにくい。人材獲得のため、安ければ良いというものではないし、財政が厳しい時に高すぎるという批判は避けなければならない。

大事なのは仕事の質を高めることであり、報酬がそのためのインセンティブにならなくてはならないということだ。
「不自由さに耐えよ、その代わり手当はする」といったこれまでの発想を改め、「能力を磨いて発揮せよ、そうすれば報われる」というかたちに変えていく必要があると思う。
すべての仕事がそれに馴染むわけではないので、二本立てで行くのが良いのかもしれない。



ブラック企業 

カテゴリ:社会

これから恐らく広まっていくと思われる言葉に「ブラック企業」というのがある。

経営者とは利益を生み出し、それを還元しながら自分達もさらに成長することを目指して企業の舵取りをしていくべきだが、悪い経営者は企業全体よりも特定の個人やグループの利益を優先したり、自己満足に走って労働者や消費者の利益や権利を侵害する。

自由主義経済なので、誰がどんな会社をつくりどんな活動をしようと、法の範囲であれば咎められる事は無い。ダメな企業は労働者からも見放されて淘汰されるはずだ。いざとなったら企業に対抗するための労働三法もある。けれども法の権利を使うための組合の組織率は年々低下しており、労働者は実質的に弱くなっている。

雇用流動化を謳って小泉改革は規制を緩和したが、緩和するだけで監視は強化しなかった。その結果弱くなっていた労働者は一層不利な状況に置かれ、その極端な例が派遣村となって現れた。だが、あそこまで行かなくても労働者にとって許し難い企業が存在している。それが「ブラック企業」だ。

その詳細は2ちゃんねるで検索してもらうとして、待遇の良くない中小企業はどこもブラックだという見方もある。だが、給料や休日といった外見的なことよりも、問題の本質は経営者の腹黒さ、意識の低さにあると思う。

彼らは成果主義を方便に使って人件費を切り下げ、劣悪な労働条件を押し付ける。経営のまずさは放ったらかしにして、問題点はなんでも労働者のせいにする。まともな経営者なら社員のやる気を引き出して上を目指すところ、叩いて絞ろうとする。結局自分や身内さえ良ければ良いという私欲に支配されている。まるで女工哀史の時代のままなのだ。

規制緩和によって思慮の浅い経営者が安きに流れた結果、こういう状況が発生したのではないかという気がする。好況時には見向きもされないそんな劣悪な企業が、不況ゆえに生きながらえるという皮肉な結果になっている。

同調する人にとってはブラックではないわけで、明らかな法律違反がない限り、すぐに当局が関与する問題ではない。もともとは労働組合が取り組むべき問題だろう。
ただ。企業というのは社会の公器でもあるわけで、それが劣悪な経営者に蝕まれるのは日本にとっての損失でもある。労働者の力が弱くなる一方の現在、経営者の倫理として当局が何らかの縛りをかけて介入しても良いのではないだろうか。


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